dadalizerの読書感想文

読んだ本の感想(誤謬アリ)を綴るブログ。オナニープレイ。

フィリップ・ジャンン:ELLE(エル)(原題:Oh…)

エルが原題だと思って「そんな雑誌あったなぁ・・・サーチングの邪魔になりそうだけど」なんて思ってたら原題はもっと妙ちくりんな、というかおそらくラストのミシェルのつぶやきが原文のタイトルなのかなーと思ったりしていて、カールじいさんの原題並に調べにくそうだなーと至極どうでもいいことを思ったりしたわけですが。
オリジナルがフランス語だから邦題をフランス語の「ELLE(彼女)」にした、というよりは訳者のあとがきから察するにバーホーベンの映画化タイトルが「ELLE」だったから邦訳出版の際にそちらに寄せたということなのでしょう。まあ、「アメリカン・スナイパー」のようにもともとが別の放題で邦訳されて出版されていたものを映画公開に合わせて「アメリカン・スナイパー」のタイトルで売り直したこともあるし、それ自体がどうというわけではなく、ただの備忘録的に書いただけで深い意味はなかったりする。

前置きはそのあたりにして、さらっと読書感想に行きましょう。
自分でもよく説明しづらいんですが、ともかく面白いです、はい。なぜ面白いのか、ということを説明するのが難しい気がするんですけど、部分的な要素を取り出すとすれば冒頭のミシェルが自分の怪我の状態について分析しながら、息子や母親や元夫についての日常「的」風景の雑ごとに思考を割かれていくその様。それ自体の面白さと「ミシェルの怪我の理由」が明かされないまま日常「的」風景に突入していくことが、興味の持続に繋がっている部分はあると思う。もちろん、自分は映画の情報から原作を手にとったわけで、その怪我の理由を知っていたわけですが、それを勘案しても興味を引きつけられるわけです。
なぜなら、レイプ被害者(と記述するのがいささか誤謬がるように思われる)であるはずの彼女は、平然と日常に回帰しているからだ。と、書くとこれもまた正しくないように思われる。というのも、息子や母親といった彼女にとっての日常とのやり取りが描写される中で、やはりレイプによって負った精神的なダメージの描写が散見されるからだ。それだけでなく、物理的なダメージも。
その複雑で二元化されることなくレリゴーしている彼女の内面の描写こそが、この小説の面白いところなのではないかとわたしは思ふ。
単純な一人称形式であることからも、ミシェルの視点から物語を読み進めていくことになるわけですが、その場合に小説を面白くする要素が何かといえば、やはり彼女の思考そのものは外すことができないだろう。彼女というフィルターを通すことで小説の世界を認識する以上は、彼女が魅力的でなければならない。少なくともわたしはそう思う。
そこでいうとミシェルは魅力的すぎる。部分的な描写を抽出するとにべもない冷徹なキャリアウーマンとも思えるのだが、また別の段落では子ども思いだったり厭悪していたはずの母親を失う悲しみに体調を崩していたりと、ともかく重層的なのである。文章中で彼女自身が自分のことを「私はあまりにも強く、あまりにももろかったのだ」と評しているように、一見すると矛盾しているようにも思える人物でありながら、その実は矛盾していない--というより、その矛盾こそが人間であるというごく当たり前のことを当たり前に描き、その一方でミシェルの不義理だったりあまりに大胆不敵だったりする性事情という異様な感覚を平然と落とし込んでいることが、この小説の面白いところである。と思う。
これまで読んできた小説はかなり人物が一面化されていたり、あるいは事件・事故などの状況の変化に対応することで物語を進めるタイプの小説が多かったのですが、「エル」に関してはそういう印象はまったくなく、ミシェルという人間(設定・人物関係を含め)を描くことで物語を紡ぎ、そこに付随する形で状況があるといった感覚。だからこそ、レイプした犯人が判明した後もその犯人と交流を泰然と持ち続けるのだろうし。しかも、ひどくいびつな形でその関係が変化するという。
つまり、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」や「20th century women」と同じようなタイプの小説なのではなかろうか。メディアの形式は違うし、内容そのものもかなり違うんですけど。
むしろ、自分ごのみのタイプのモノを映画ではなく小説という別の媒体で触れることができたからこそ、この新鮮な喜びがあるのではないかと。
映画がどうなっているのか、実はまだ見ていないので知らないんですけど、映画の方も気になる。「エル」を邦訳した松永りえ氏のあとがきを読むに、原作とはややテイストが異なるということらしいので。
しかしまあ、なんというかこれといって難しい言葉を使っているわけでも難解な部分があるわけでもなく、それでいて複雑なものを描けるというのは中々興味深いというか。まあ訳者の手腕という部分もかなりかかわってくるので、あまりそこに収斂してしまうのも危険ではあるんですが。

うん、文句なしに面白い小説ですよ。最後の部分の解釈は、ちょっと自分には自信がないんですが。